【映画の感想】ランヴィール・シン主演のインド映画「ガリーボーイ」を観てきたよ

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最近、インド映画とディズニー映画しか観ていない気がする。今回はインド映画の話。ずいぶん前に観たんだけど。 映画『ガリーボーイ』公式サイト 主演のランヴィール・シンは私がツイッター上で愛を叫びまくっているディーピカー・パードゥコーンの夫。美男美女のお似合い夫婦なのです。
二人でカップルや夫婦役で出演している映画もあるのだけど、何故か日本では公開されておらず、観る事が出来ない。
素敵なお二人なので、映像だけでも是非。

この映像で美男美女感が伝わるかなぞだけど…2人で踊ってる映像が意外となくて。
あ、こっちのが良かったかな。

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主人公ムラドを演じるランヴィール・シンは「パドマーワト」では悪役のスルタンだった人。カリスマ的存在感を放つスルタンから一転、本作ではインドのスラム街に暮らす冴えない大学生。知らなければ、スルタンと同じ人だと気が付かないかも。役者って凄いな。
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宣伝を観た限り、「スラム街に暮らす青年が主人公のシンデレラストーリー」というイメージだったので、何か大きなきっかけがあって、そこから世界が一変する様な話を想像していた。が、少し違った。
ムラドの周りの世界が変わるのではなく、ムラド自身が変わる。それも、本当に少しずつ。
MCシェールに出会った頃のムラドは、自分の内に言葉を秘めてはいるものの、発信する事は無かった。内向的で、自分の周囲の世界に対する「諦め」も強かったと思う。「使用人の子は一生使用人」だと、彼の父親同様ムラド自身も考えていただろう。

詩を書くけれど、それを自分の言葉として発する事は無い。ラップバトルでは言われっぱなし。
自己肯定感が低く、全く自分に自信が持てず、自分の言葉を人に聞かせる事が怖い。正直、観ていてもどかしい。
ムラドは映画の主人公だけれど、どこにでもいる、ちょっと内向的な普通の青年なんだよね。だから共感できる部分もあって、それだから余計にもどかしい。もやもやする。

そんなムラドが、MCシェールとの出会いをきっかけに少しずつ変わっていく。自分の言葉を発する様になる。
私はラップの事もヒップホップの事も全く分からないんだけど、言葉って凄いなって思う。
自分の思いを発する事は、自分自身も、周囲の世界も変えていくんだ。

ムラドの周りには貧しさ故にやりきれない事が沢山あって、きれいごとでは生きていけない。実写ではなくてアニメ版の「アラジン」にちょっと近いかも。生きていく為に、盗みもやる。
面白いなと思ったのは、作中で全くそれを肯定しないこと。先日観たディスニーの実写版アラジンでは、観客がアラジンの盗みを「やむを得ない」と感じる様に作られていたと思うんだけど、ガリーボーイではちょっと違った。

まず、ムラド自身がわりとはっきり盗みを否定している。作中の価値観で、盗みは明確に「いけないこと」だった。生きる為だろうが何だろうが、「いけないこと」。
さらに、ムラドは大学に通っていて、決して豊かとはいえないけれど食うにも困る状況では無い。ムラドの行為に対して観ている側は、「生きる為にやむを得なかった」と思う事はなかなか出来ない。

それでもムラドは、今いる世界じゃないところ、もっと人間らしく自由に生きられるところを貪欲に求める。手段が正しかったとは思えないけれど、それを否定する事も出来ない。これが、彼らの生きる世界なんだと妙に納得してしまう。そして、ちょっとやるせない気持ちになる。

ムラドの彼女のサフィナは、可愛らしく、良いとこのお嬢さんで、それでいてかなりぶっ飛んでいる。嫉妬深くて現実にいたら本当にやばいやつだけど、何故だか憎めない。
作中では恐らく最も恵まれた暮らしをしているけれど、彼女は彼女なりの、やるせなさとか息苦しさを感じてるのが凄く伝わってくるから。彼女にとってムラドがどれだけ大切か。ムラドといる時間が唯一、「自由」を感じられる時間なんだと思う。

この映画、途中まで本当にいろいろやるせなくて、観ていてフラストレーションが溜まるんですよ。もやもやする。
それがどこかで大爆発ってわけではないのだけど、少しずつガスが抜けて行って、気づくとなんだかすっきりしている。不思議と後味の良い映画だった。
世の中きれいなことばっかりじゃないけど、やるせないことも山ほどあるけど、諦めたらだめなんだなぁ。

あ、ここ大事。サフィナ役のアーリアー・バットがとってもかわいい。
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ボリウッド映画は本当に目の保養です。

画像は公式サイトからお借りしました。
http://gullyboy.jp/

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